3・11、いのちの星を護るつながり

☆先日、加古川・高砂での脱原発の集まりに参加させていただき、素晴らしい出合いがありました。

 ジセダイの真実の働きに心からカンシャいたします。

 下記に、その方(荒木田岳さん)の情報をお伝えしておきます。

 いのちある人々が、福島と常に繋がっている(意識している)ことを、願いながら。。。

 ウータン

@荒木田さんのお話を紹介します。

子ども脱被ばく裁判支える会西日本
「わたしたちのつながるところ」
「脱被ばく」の目指してきたこと、目指していること  
          
原発事故は起こることが想定されてきたし、事故への備えもあった。

しかし、

事故前に準備されていた法令・ガイドライン・手順が守られなかった
背景には事故の「過小評価」、その元には原子力政策への固執がある。

壊れたのは「社会」だった

そもそも、原子力防災の柱は「住民をいかに放射線被ばくから守るか」ということであった。
放射能やそれが放つ放射線が有害きわまりないものだから、

妊婦や赤ん坊へのレントゲンは誰もしない。
それゆえ、原子力災害が発生した場合には、

次善措置として被ばくを避けるため社会的な安全策をとるべきであったが、

現実にはそれがなされなかった。

完全にコントロールされたのは放射性物質でも汚染水でもなく、

まして事故を起こした原子炉ではまったくなく、

メディアや情報であり、かぎかっこ付き「専門家」たちの意見であり、

被災地住民の行動であった…
だから、原発事故を「放射性物質をまき散らしてしまった物理的事象」

とだけ捉えるのは一面的で、日本社会の「崩壊」の問題として捉える必要がある。

たとえば

過去最大の線量=毎時650Svがあった福島第一原発。

そこへ高校生を防護服も着せないで見学に行かせたこと。

本来行われるべきであったシナリオ

もとは東海村JCO事故がきっかけで、原子力災害発生の際の取り決めが細かくされていた。
原子力災害対策特別措置法(原災法:1999年12月制定、翌年6月施行) を

それぞれが自分の目で見てほしい

その特徴は「予防原則」
災害対策基本法との相違

「~が発生した場合」、「~が生ずる蓋然性を含む」が伴うこと

つまり、かもしれないが含まれるということ
「原子力施設等の防災対策について」(防災指針)
原子力施設による異常事態の把握(異常事態の定義・基準)、

周辺住民等への情報提供(その手順、窓口、担当者の明確化etc.)、

諸設備の整備(ERSS、SPEEDI、オフサイトセンターetc.)、

「緊急時環境放射線モニタリング指針」

「緊急時における食品の放射能測定マニュアル」

「緊急被ばく医療のあり方について」

など応急対策実施のための指針

対応は細かく決まっていた…事故は「想定」されていた、ということ
「安全神話」ではなかったし、未曾有の災害でもなく想定された原子力災害であった

実際のシナリオは?

首相官邸の行ったこと…「原子力緊急事態宣言」発令の遅れ(当日19時過ぎ)、

住民避難の遅れ、事態の矮小化、各種安全基準を軒並み変更。

子どもまで含め、年間20mSv被ばく容認。「官製除染」→被災地の人権は?

マスコミの行ったこと…30㎞圏への記者等の立入禁止(住民は残っていた)、

他方での「安全」報道、情報の隠蔽や、ときには改竄への加担(SPEEDI、高濃度汚染データ)

福島県の行ったこと…3/12に、県のモニタリングチームがテルル132を検出(6月まで隠蔽)。

3/19に放射線健康リスク管理アドバイザー2名(4/1にもう1名)を招聘、県内で安全宣伝を実施。
4月1日から「がんばろうふくしま!地産地消運動」を開始。

県教委は、放射線量も測定せずに授業再開を決定

2つの問題がある。

「事故を発生させた問題」

「被ばくを避けさせなかった問題」

→いずれも避けられた

電源喪失→注水失敗→冷却手段喪失→炉心溶融というシミュレーションが3.11前にあった。

それほど高くない津波でも冷却系機能停止
→炉心損傷のシステムも停止。にもかかわらず、調査自体が隠蔽、対策はとられず。

(添田孝史『原発と大津波』)
3.11後も、被ばく回避のために必要な対策は採られなかった。

代わりに行われたことは各種安全基準の緩和
基準以上の汚染が見つかった際、避難区域を拡大するのではなく、基準値の方を緩和した。

食品の場合も同様。

「過小評価に基づいて安全対策を怠った」ということが原因。

打開策として「脱被ばく」の主張をする

「被ばくを強要する側に立つのか
それに反対する側に立つのか」
「原水爆」だったら?
なぜ、「核兵器による被ばくは危険」で、「原発事故による被ばくは危険でない」のか?

事故前の法令や安全基準を守れ→立ち戻るべき原点の確認

「表のシナリオ」「裏のシナリオ」の逆転
コントロールできない核(原子力)、「ならば社会の方をコントロールしてやろう」
原発事故の際、「住民を犠牲にして原子力政策を守る」というシナリオが準備されてきた

「戦後体制は善であった」という歴史認識への疑問。

現状打開のためにはどうすればいいのか。乗り越えるべきものは何なのか
「無力感」「被害者意識」…これが気易さの正体

「放射能安全論」が人々を引きつけている力は
①「他の場合ならば非道なことでも…大義のためであれば容認できる」

という「主体的」な考え方
②「権力がその大義を正当に代表していると容認」する見方…の合力
→つまり、「平凡な人間の、凡庸な悪」ではなく、

そこにある「主体性」…権力(との一体化)衝動?

「脱被ばく」が目指したもの

政府とは別の「大義」

作られた「無力感」、抑圧された「主体性」
人々の主体的関わりを排除しようとする力…「専門家」「科学的」、

「客観的」組織化された「暴力」
「自己抑圧」、口外できない「不安」、

誰にも相談できず一人で悩むこと…これを助長する人々がある。

「わたしたちのつながるところ」はどこか?

**

家族と離れ福島にひとり残り被ばく防護と抑圧防護をしながら発言を続ける荒木田岳さんと
各地に避難移住して緊急事態を生きている方々をお迎えした3日間で、
脱被ばくの意味することが各地でクリアにされて行きました。

荒木田さんのお話から得た知見は
本当のことは
原発は「安全神話」ではなく事故は想定されていたこと。
詳細に決まっていた住民を守るシナリオが現場では動き始めていたのに、

どこかでひっくり返って、住民を犠牲にして原子力政策を守るというシナリオに変わったこと。
原子炉だけでなく社会が壊れたという二重の破壊の問題なのだということ。

そこにあるのはウソやごまかし、隠ぺい、「暴力」で、
公的な、権威的なものから抑圧された個々人の主体性が
専門家に判断を預け、復興等「大義」のためには放射能安全論を容認するという、
権力と一体化する「主体性」へと変化する人々の中で
不安を押し殺し、孤独に悩む一人ひとり。

個々が自ら調べて本当のことを知ろうと動く主体性を回復し、

本来のシナリオを取り戻すべく、「脱被ばく」でつながって行く。

**

脱原発をしても被ばく問題は続くのだという荒木田さんの言葉が心に残っています。

いいかえれば脱被ばくには脱原発が必ずついてくるけれど
脱原発には脱被ばくがついてこないということ
脱被ばくには様々な問題がいもづる式につながってくるから
それを切り離して脱原発ワンイシューで行こうというかんがえがありますが
それだと、切り捨てるものがたくさん出てくる。
うまいたとえかどうかわかりませんが、
地面の草を引くのに、のびている葉の部分だけ摘んで、

根っこはそのまま残すような引き方を思い出します。
問題が草だとして、しっかり草の根っこ部分を切れないように掘り起こし、

根っこを引き抜くような抜き方が解決には必要で、

それが「脱被ばく」の意味するものではないかと・・・。

逆にいえば脱被ばくという時にさまざまにつながった問題が浮上してくるのです。
だからややこしくなるから脱原発でつながろうと言ってしまう。
でもそれは残念ながらつながることではない。くくることに近い。
必要なのは、それを煩わしいことと考えるのではなく、

つなげてくれているのだと考えることではないかと思います。

5日尼崎の集まりでは、脱原発運動の担い手の方々が多く参加して下さり
荒木田さんが最も訴えたかったことをしっかり受け取ったという応答の言葉を
さいなら原発尼崎住民の会代表広畑貞昭さんが締めくくりのあいさつで話され
150人の参加者にも共有され、感動しました。
大阪からスタッフとして参加してくれた方が、子ども脱被ばく裁判は

まだまだ大阪で知られていないと言われました。
これから大阪で、「子ども脱被ばく裁判」の支援を通じ
荒木田さんがはっきり言われた、脱原発「ではなく」脱被ばくの運動の

ひろがりを作って行けたらと思います。

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