教育亡国⇒教育維新

教育亡国:

◆あの夢のように美しい水俣の海が、チッソのたれ流した有機水銀の濃厚汚染をうけて、死の海に変えられてしまった。この海の魚や貝を食べた猫は、脳を犯されて、狂いまわっては相次いで海に飛び込んで死んだ。

鳥が方向感覚を狂わされて、群れをなして海に突っ込んで死に、岩に激突して死んだ。

いま、日本の学校の子ども達を捉えている狂気の現象は、これと同じ異常現象なのではないか。学校と言う世界が、チッソのたれ流した有機水銀のような何らか の「原因物質」によって濃厚汚染をうけて、根底からの環境破壊がおきてしまった。子どもたちは、その学校で生きるはかない。

子どもたちに見られる狂気の現象を、学校と言う環境が根底から破壊されてしまっていることから生じた異常現象としてとらえるのでないかぎろ、事態への正しい対応は不可能である。

いま緊急に求められているものが何なのか、その「原因物質」をつきとめる努力であろう。私は本書で学校と言う教育の場から教育を追い出して、子どもの生きられない世界に変えてしまったものが何であったかについて、私なりにさぐりを入れてみようと試みてみた。

※1983年8月発行「教育亡国」・まえがき より

元・宮城教育大学学長・林竹二

◆自分を生きる学校:

一体、「学校」とはナンでしょう?
なぜ、「学校」に行くのでしょうか?

我々は、もうすでに、生まれた瞬間から学びの場(空間)に住んでいます。
自分にとって、必要なすべてを学び続けているのです。

自分になる(=自己実現)のための情報は、自然に、時期が来れば現れます。
自然がそうであるように!!

自分に必要なモノはすべて内在して生まれて来ています。
まさに種子と同じです。

それは自分が望み、決心してきているのです。

自分を生きる時、すべては整い、立ち現れてきます。

本当に在るのは『自分」と『今』だけです。

今、この瞬間だけです。

それが未来に繋がる唯一の架け橋です。

◆つまり『地球が学校』なのです。

家も畑も図書館も山も川もすべてが、学びの場なのです。
自分がそう思えば!決めれば!そこが学びの空間です。

すべては自分自身です。

この地球は、自分の学校なのです。

家族のメンバーは、よきパートナーであり、教師です。

すばらしい環境に生まれて来ていると思います。

うーたん@9@

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